公開:2009年7月29日,最終更新:2009年7月29日

■RFワールド - ラジオで学ぶ電子回路

RFワールド・ウェブ・ブックス

はじめに
藤平 雄二
Yuji Fujihira

 この本はラジオ製作のための本ではありません。ここでいうラジオとは中波AMラジオのことです。1000円以下でFM付きラジオが買える時代です。ラジオを自作する時代ではありません。しかし、すべてがディジタルになり、すべてがICになった時代であっても、もっとも基本であるトランジスタ回路を学ぶ必要はなくなりません。この本はこのトランジスタ回路をラジオを教材にして学ぼうというわけです。ではなぜラジオなのでしょうか。以下それについて述べていきます。
 一口に電子回路を学ぶといってもいろいろの分野があります。ディジタル回路、アナログ回路といった分け方もあるし、アナログ回路の中でOPアンプやトランジスタ回路といった分け方もあるでしょう。抵抗やコンデンサといった各部品も学ぶ必要があります。どの分野にしても極めたレベルに達するのは大変な努力が必要です。しかし最初の取っ付き易さというものがあります。ディジタル回路は電子回路というよりは数学的であり、最初の努力を惜しまなければ、そこそこのレベルに到達するのは、それほど困難なことではありません。アナログ回路の中でもOPアンプは最初の電気的な規則を覚えてしまえば、あとはやはり数学的なものです。しかも最初の電気的な規則もそんなに複雑なものではありません。ところがです。トランジスタ回路はどうにも最初の取っ付きがむずかしいものです。

 私は長い間、電子技術者として仕事をしてきました。ディジタル回路も扱ったし、アナログ回路も扱いました。ディジタル回路でもアナログ回路でもICを使うわけですが、自信を持ってICを使っていました。しかし個別のトランジスタ回路となると、どうにも自信を持つことができませんでした。この頃の私のように、どうも個別のトランジスタ回路だけは苦手というか、自信を持つことなく使っているという電子技術者は多いのではないでしょうか。
 この本はこのトランジスタ回路をラジオを教材にして学ぼうというわけです。トランジスタ回路の本は数え切れないくらい出版されています。これらの本には、例えばあるトランジスタの増幅回路が取り上げられて説明されています。しかしその増幅回路がどのような所にどのように使用されるのか、あるいは使用できるのかが全くわからないのが大半です。さらに、基本的な構成を示しているのみで、はたして実際に動作するかどうか疑わしい回路が記載されていることもよくあります。このような本では、消化不良というか何か釈然としない気持ちが残ってしまい、なかなか納得した理解が得られません。ではどうなっていればよいのでしょうか。そうです。実際に動作する具体的な物を作り、それに基づいて説明がされている必要があります。この本では、この具体例にラジオを使用しようというわけです。ラジオはトランジスタ回路の基本のほとんどすべてを含んでいるからです。いろいろなラジオを自由に設計できるようになることは、トランジスタ回路の基本をほぼ完全に理解したことだといっても過言ではないでしょう。しかもラジオは他の電子工作に比べ、できた後の楽しみが圧倒的に多いものです。野球中継、歌、英会話などいろいろと楽しめます。このラジオを作ることによって、どうにも取っ付きにくかったトランジスタ回路を完全に理解しようというわけです。
 ラジオの本など、それこそ無数に出版されているよ、と言われる人もいらっしゃるでしょう。しかしそれは違います。ラジオの本は、ラジオを作ることを目的にしていて、回路の説明が極めて少ないか、もしくは全くないという状態です。私は中学生のときからラジオに興味を持っています。それから40年以上経ってしまいましたが、その間に私が納得するラジオの本、つまりラジオに使用されているトランジスタの働きを、私が納得できるレベルで解説した本には出会っていません。

 このようにトランジスタ回路の理解を目指す本ですから、対象となる人は電子回路図から実際に物を作れる人です。実体配線図がないと物を作れない人は、まずそのための本を読んで電子回路図から実際に物を作れるようになる必要があります。さらに複素数を使うインピーダンスなどの電気回路理論を知っている必要があります。私は40年以上ラジオに興味を持っていると述べました。その私に当てはめてみます。私は中学生の頃ラジオに興味を持ちました。このときは実体配線図が必要でした。しかし高校生になると実体配線図では、かえってわかりずらくなってきました。電子回路図から製作した方がわかりやすくなってきたわけです。しかしまだ自分で電子回路を設計できず、雑誌や本に載っている回路そのままでラジオやアンプを製作していました。例えばラジオといえばスーパーヘテロダインが一般的ですが、周波数変換が全く理解できませんでした。高校生ではスペクトルという概念がよくわかりませんので無理もありません。大学は電気工学科ですが、そこでフーリエ変換を学びやっと理解できた次第です。高校生のとき疑問だったインピーダンスなどの概念も同じです。大学で電気回路理論や電磁気学を学び、これらの疑問がスッキリ理解できました。このように大学で電子回路の基本はほとんど理解できたと思います。ではトランジスタ回路を設計できたかというと、そこまでは至りませんでした。hパラメータなどトランジスタそのものは理解できたのですが、実際にラジオやアンプに応用するには至りませんでした。なぜか実際に使用するとなると、よくわからなくなったのです。社会に出て電子回路の仕事につくようになっても、この状況はかわりませんでした。ディジタルICやOPアンプを使うときは自信を持って使っているのに、いざトランジスタでアンプなどアナログ回路を構成するときは、なにか釈然としない思いで使っていました。以上が私と電子回路との付き合いです。この本の対象者を私の場合に当てはめてみますと、大学生から電子回路の仕事をし始めた頃になります。

 本文は3部から成っています。第1部はラジオのための基礎です。ラジオを設計するときに必要な基本事項をまとめています。第2部は簡易ラジオです。簡易ではありますがトランジスタ回路の基本を十分学ぶことができます。また、いろいろな原理のラジオがでてきて、結構楽しんでいただけると思っています。第3部はスーパーヘテロダインラジオです。いよいよ本格的、実用的なラジオが登場します。なお、この本ではトランジスタ回路がメインです。FETはあまり出てきません。しかしトランジスタを完全に理解すると、FETを理解するのは容易です。例えれば、ある一つのマイコンを完全に理解すると、他のマイコンに移行するのは非常に簡単ですが、それと同じことです。ところで、以上の各回路を製作するにはラジオに特有の部品である、バーアンテナ、バリコン、ゲルマニウムダイオード,クリスタルイヤホン等が必要です。現在、これらの部品の入手はそんなに困難ではありませんが、そのうちに困難になるかもしれません。その場合は、安価な市販のラジオの部品を流用するのも一案だと思います。また、バーアンテナは容易に自作できますし、バリコンも何とか自作が可能です。

 最後にお願いがあります。この本の回路では3V、6Vを使用しています。3V、6Vといえども、2A流れれば6W、12Wになります。これは半田ごての熱に匹敵します。最悪の場合、火災が起こることも十分考えられます。実験基板では半田ごての熱でトランジスタなどの部品が劣化していることもあるでしょうし、思わぬ所でショートしていることも考えられます。また抵抗の値を間違うことも十分考えられます。ですから3V、6Vだからといって絶対安全とはいいきれません。実験した後は必ず電源のスイッチを切るようにしてください。AC電源ではなく単三乾電池ですと幾分安全ですから、初心者の方は単三乾電池を使ってください。しかし単三乾電池だから完全に安全かというと、そうではありません。単三乾電池でも実験した後は、必ず電池を回路から切り離すようにしてください。なお、ニカド電池などの充電池は大きな電流を流しますので、使用はしないでください。
 電池を使用することによる大きなメリットもあります。それは雑音です。AC電源を使用すると、AC電源の種類にもよりますが、ラジオの音声にハム音(AC電源の周波数(50Hzか60Hz)の雑音)が入る可能性があります。電池を使用することによって、この問題は全くなくなります。
ふじひら・ゆうじ
RFワールド・ウェブ・ブックス「ラジオで学ぶ電子回路」
(C)Yuji Fujihira 2009
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